2014年10月アーカイブ

黒龍江省で結婚

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20141021

お客様(東海地方)とハルピン女性会員K-4104番さんの結婚式です。

昨日に結婚届を済ませて今日はご親戚様などにお披露目です。

 

お二人は長男 長女で共に一人っ子の家庭で育った新郎新婦さんで

す。

2014.10.21.方正結婚4.JPG

指輪交換の新郎様より新婦さんに!

2014.10.21.結婚指輪9.JPG

ご両親にご挨拶

2014.10.21.両親御礼1.JPG

新婦のお父様と固い握手

2014.10.21.両親御礼0.JPG

感激で抱き合う新婦さんとお母様

 

2014.10.新婦と母.JPG

2014.10.21.両親挨拶.JPG

お二人に

2014.10.21.宜しく1.JPG

愛の誓いです。

2014年10月21日結婚式4.JPG

先週お客様と結婚式を挙げた奥様もお祝いにかけつけて下さいました。

2014.10.21.奥さんと1.JPG

親族様と記念撮影

2014.10.21.親族8.JPG

新婦さんのご両親様

2014.10.21.両親7.JPG

司会者さんのご紹介

2014.10.21.結婚式.JPG

 

お色直しで花嫁さんがチャイナードレス(紅い)でお披露目です。

 

2014年10月21日披露宴.JPG

 

花嫁さんと一緒に(式の始まる前に写したものです)

2014.10.21.花嫁さん8.JPG

 

これは始まる前にリボンを付けて貰うところをご紹介します。

 

おめでたい席で皆様から手伝ってもらい感無量です。

2014.10.21.名札付け.JPG

 

披露宴も終わり通河県経由でハルピンに帰る途中の写真です。

 

終戦頃は荒れ果てた湿原の原野だったそうです。

おばちゃんよりお聞きしました。

2014.10.21通河へ4.JPG

松花江大橋を渡れば通河に入ります。

松花江大橋.JPG

 

冬将軍が訪れる前に最後の農作業に明け暮れる農家の枯れたトウモ

ロコシの野焼き風景です。

201410.21.野焼き.JPG

日没前の夕日が松花江に沈む満州的夕暮

 

2014.10.21.夕日的松花江0.JPG

日本人公墓

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2014年10月21日

新郎新婦の結婚アルバム撮影の空き時間を利用して日本人墓地を尋ね

てみました。

 

終戦時満州開拓団が集団自決した歴史的悲劇がこの地、方正に多くの

日本人の方々が眠っています。

 

晴れてはいるが凍りつく寒さの中を車で目的地へ

 

2014年10月21日1.JPG

開拓時代は一面の原野が続いたようです。

2014年10月21日.吉利村2.JPG

中日友好園林は方正県の東6km先にある吉利村から,南に2km程

行ったところに唯一の中国政府公設の「日本人墓地」が山裾の林に眠っ

ています。

(正面の林に)

 

2014.10.21中日友好園林.JPG

2014.10.21中日友好園林.3.JPG

林の奥にお墓があります。

2014年10月21日中日友好園林2.JPG

日本人墓地は2基の大型コンクリート」の円柱筒状で頂点は丸い形で

中には遺骨を納めた部屋があり多くの方々が眠っています。

 

右は「方正地区日本人墓地」左側は麻山集団自決の「麻山日本人公墓」

です。

 

20141021日現在のお墓の全容です。

 

2014.10.21日本人公墓1.png

隣に在留孤児が建てた「中国養父母公墓」、があります。

裏側に氏名記載さています。

 

2014.10.養父母的墓7.JPG

近くに戦後、現地の稲作指導に訪れて米の収穫量の増産に尽くし現地

方々より神の様に尊敬された岩手県沢内村出身の藤原長作の「記念碑」

と記念館もある。

 

右側の建屋(お墓の裏側より撮影)

2014年10月方正吉興村8.JPG

尖閣湾問題で北京より4人の反日運動家により正面の犠牲者が刻まれ

いる碑に紅いペンキで塗り潰された事件で現在の碑は取り除かれ

いる。

陵墓の奥中央に白い石碑は現在(撤去)ありません。

 

以前の姿です。(現在の写真ではありません)

 

お参り 3.png

砲台山に1945年(昭和20年)の冬、日本人の遺体がこの丘に山積みの

まま放置されていたようです。

 

秋に集団自決した日本人開拓団の悲劇です。

 

砲台山

 

2014.9.砲台山.jpg

ソ連の侵攻により満州開拓団が非難の為ハルビン西方約180キロ(ジ

ャムスとハルビンの中間)の方正(ほうせい)まで辿り着きハルビン

を前にして、寒さと飢え、病気等で約5000人が犠牲になり、3日3晩

死体を焼き砲台山の麓に埋めたと伝えられています。

 

砲台山の裾野に眠てる。

 

2014年10月20日方正日本人墓.JPG

日本人公墓が作られるきっかけは1963年に荒れ地を開拓している最中

に風雨にさらされ野ざらしになった白骨の山を残留婦人の松田ちゑさ

91年帰国)が見つけ「埋葬したい」と地元政府に願い出た話が中

央政府まで届き、周恩来首相の承認を受け地元の方正県政府が建立。


当時、日中国交回復前の中国は貧困時代で日本人の墓を建立する為、

ハルビンで石を採集し、道路もない所を松花江の増水を待ち、方正

で船で運び、丘の上に引き上げ、多くの生命が失われた地に建立した

そうです。

現在も当時の家屋(築、約90年前)で生活している農民。

 

2014.10.21.吉興村8.JPG

砲台山の麓(戦前築)農家

2014.10.吉興村1.JPGのサムネール画像

1945815日に日本が敗戦、直前の89日、旧ソ連は満州国境を越

参戦した。

方正をはじめ、北部満洲各地は日本人開拓団の悲劇が繰り広げられ、

ある村はソ連の奇襲で全滅し、又、ある村は集団自決が行われ、多く

の開拓団は終戦も知らされず、成人男性は出兵し不在のまま、老人や

婦女子を中心にソ連軍からの逃れてこの地に辿り着くが大河(松花江)

に行く手を阻まれて多くの人が激流に飲み込まれ犠牲者が続出したそ

うです。

小石を投げても割れない氷

 

2014.10.21.吉興村凍結.JPG

2014.10.21.砲台山麗2.JPG

方正は中日友好园林のある「吉興村に方正地区開拓団」の本部があり

松花江添いの伊漢通郷など方正県各地に開拓団があったほか、佳木斯

チャムスや樺川・樺南・七台河など北部満洲の各地から哈爾浜に向か

う交通の要衝で終戦時の開拓団引き上げの地で日本人孤児(残留日本

人孤児)が多く残され地域で、せめて子供の命だけは守りたい願いが

多くの中国人が親代わりとなって引き取ってくれたようです。

 

多くの日本人孤児は乳幼児で物心の付く前から中国人として育てられ

た人が殆どで、終戦の混乱から青年期以降の多くの方々も残留婦人と

してこの地で暮し、勤勉に働き、誠実で現地の人々からは好意的に思

われていたようです。

日本人残留孤児の問題については,このような背景があることも忘れ

てはならないと思います。

 

残留孤児を育ててくれた(養父母の墓)

 

2014.10.養父母の墓6.JPG

冷戦下の中国方正県の人々への農業育成や技術伝授による日本人への

感謝が,このような形で実現されたと思っております。
その後,周恩来宰相と田中角栄首相により,日中国交回復が開かれ現

在に至ります。


戦争とは,人の幸せを奪い悲劇をもたらす歴史的事実を中日友好園林

(日本人墓地)が現代に伝えています。


中国政府に日本人の遺体埋葬を願い出たこと,これに見事答えて公費

お墓の建立に尽くして戴いた方正県の地方官及び中央政府の毛沢東主席

と周恩来宰相。


中日友好園林(日本人墓地)に眠る英霊,霊魂に感謝を表し,静かな

永眠を心から祈ります。

合唱

 

2014年10月21日お参り4.JPG

 

婚姻登記

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20141020

昨日お越し頂いたお客様とハルピン女性会員さんの民生局で結婚登記

の申請に同行しました。

 

登記も受理し結婚手帳を頂き花嫁さんの故郷に出発です。

民生局前で記念の一枚です。

2014.10.20結婚登記.JPG

今日も12組前後のご夫婦が申請に訪れていました。

 

ベトナム女性と中国人男性が4組、日本人男性と中国女性7組、モンゴ

ル女性とハルピン男性1組が同じ部屋で順番を待っていました。

 

日本の方は全て地方の方で紹介者は現地中国人の方々が手伝っており

中には顔見知りの女性や男性仲介者の話を聞く事ができました。

 

最近の日本の紹介業者(都市部)の減少が多い此処に申請に来ている

人は殆ど地方の紹介業者のお客さんと話しておりました。

 

すっかり以前のような結婚はハルピン女性の変化により減少し、良き

伴侶を求めて平穏に暮らし、子孫繁栄を築き互いに歩む人生を追い求

めて入会する女性会員が増えています。

 

多くの悪評で信用を失った時代はもう終わりを告げ、新しい変革期が

訪れています。

 

若い中国人女性が一番集中している所はやはり黒龍江省郊外が多いと

思います。

何故なら広大な土地に携る農家が多いこと、出産制限もゆるく子供が

多い、都市部と違い雇用条件が少ない等で結婚願望も強いし、後に説

明しますが大戦で残留孤児が多く出た土地柄が後の中国国際結婚に発

展して行く過去の歴史的問題があったと思います。

 

高速道を東に

 

2014.10.20.高速道4.JPG

方正PAに着きました。

2014.10.20.方正PA6.JPG

お部屋で寛ぐ新婚さん

2014.10.20.部屋9.JPG

農村(満州)の夕暮です。

2014.10.20.夕暮1.JPG

気温はマイナスです。

2014年10月20日方正的夕暮3.JPG

お客様お迎え

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20141019

中国で結婚式を挙げる為、日本から北京経由でお越し下さるお客様に

婚約者(中国女性会員)も交えてハルピン空港にお迎えに行きまし

た。

 

2014年10月19日哈尔滨空港9.JPG

 

定刻より30分遅れて到着です。

 

時刻表6.JPG

 

待つこと2041、ようやく現れました。

 

2014.10.19.3お客様到着0.JPG

 

婚約者のお出迎えで嬉しそうな二人の様子。

 

お疲れ様でした。

 

2014.10.19空港お迎え.JPG

牡丹江~哈尔滨へ

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20141019

ホテルから見た牡丹江の街並みです。

汚染された空は濁っており寒い冬型の朝です。

 

2014.10.19牡丹江.JPG

2014.10.19.朝的牡丹江7.JPG

ホテルを出て当時の激戦地(野山)を訪れ、亡き父の話に出てくる

光景を空想しながら海林市に

2014.10.19.牡丹江農村.JPG

北風が吹き荒れる悪い天気

2014.10.19.郊外9.JPG

戦没者記念公園で退役した戦闘機や戦車が展示されていました。

 

ソ連製ミグ戦闘機です。

現在、北朝鮮ではまだ現役で数機が稼動しているようです。

 

2014.10.19.ミグ戦闘機3.JPG ミグ戦闘機8.JPG

小型の退役戦車、中東ではまだ活躍しているようです。

 

中国で近代化が進みこのような車両も廃棄処分のようです。

2014.10.19.戦車4.JPG

一望できる丘の上に多くの犠牲者を奉った記念碑が建てられていま

した。

2014.10.19.戦没者的供養.JPG 

 

 

海林ゲートから高速で哈尔滨に帰ります。

2014.10.19.海林ゲート8.JPG

入り口まで283kmと表示されていますが市内も入れると300km位

はあります。

2014.10.19.ハルピンへ1.JPG

紅葉も終わり雪が降る日を待つ、そんな寂しい峠の風景です。

 

2014.10.19.峠の風景6.JPG

給油の為、山間のスタンドで休憩です。

給油7.JPG

日本同様にガソリンも高くなりました。

給油.JPG

 

峠的紅葉8.JPG

間もなくハルピン 哈尔滨0.JPG

哈尔滨的ゲートは路線(長春、牡丹江高速)別に違うデザインを採用し

ています。

哈尔滨6.JPG

お疲れ様!

 

4泊5日の終着地に着きました。

時刻は午後1600、少し休憩を取り夕方は空港にお迎えです。

2014年10月19日哈尔滨市7.JPG

 

 

 

三国国境地帯

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20141018

何時もより少し早めにホテルを出発して三国国境線(ロシア中国北朝鮮)

を見に行く。

 

琿春南部の防川から図們江に沿って約15km下ると、日本海にたどり着

きます。

 

琿春市内の様子

 

10.18.琿春1.JPG

黄色く色付いた唐松林の山道を圏河通商口(国境ゲート)に向う

2014.10.18.図們国境2.JPG

登り道が続きます。

図們国境3.JPG

トンネルを潜ると下り坂にさしかかり目的地へ。

図們国境4.JPGのサムネール画像

立派な圏河通商口(国境ゲートの正面)に着きました。 2014.10.18.中朝国境7.JPG

圏河通商口は図們江を境界とする北朝鮮への通商口(国境ゲート)で

あり、北朝鮮の羅津先鋒自由経済貿易区の元汀里通商口と相対してい

る国家一類(重要)通商口です。琿春市街地から39km、北朝鮮の

羅津港から48km離れており、中国と北朝鮮の羅津先鋒自由経済貿

易区と直接通じる唯一の国境ゲートです。

図們国境0.JPG

北朝鮮に物資を運ぶ車両です。

2014.10.18.図們国境6.JPG

正面の右側が物資の出国ゲートで海管(税管)の検査を得て橋を渡っ

て北朝鮮に入ります。

2014.10.18.3図們国境.JPG

人の出入国(入境、出境)ゲートです。

図們国境ゲート4.JPG

検査をうけて北朝鮮に帰る人や観光、ビジネスマンの光景です。

2014.10.18.図們国境7.JPG

2014.10.18.図們国境.JPG

国境ゲートは軍の管理で警固に部隊が駐留しているようです。

 

軍の宿舎や等は撮影禁止で外国人の違反者には厳しい罰則があり気

つけましょう。

 

有刺鉄線が張られている先に見える図們江の橋を渡れば北朝鮮ゲート

 

2014年10月18日図們国境で2.JPG

紅葉と青い空の図們江はこの時季が一番美しいようです。

2014年10月18日図們国境.JPG

図們江と北朝鮮がよく見えます。

2014年10月18日図們国境2.JPG 

2014年10月18日図們国境橋5.JPG

北朝鮮のゲートが見えます。

2014年10月18日図們国境的朝鮮.JPG

拡大写真です。

2014年10月18日図們国境的朝鮮4.JPG

北朝鮮の農村風景

2014年10月18日図們国境3.JPG  2014年10月18日北朝鮮.JPG

日本海沿岸を目指して更に進みます。

冬には水位が下がり凍結する為、この川を渡る脱北者が多いようです

2014年10月18日図們国境より.JPG

敬信郷防川のロシア国境線です。

 

僕の背後が中露国境線で有刺鉄線が張り巡らしてあります。

2014年10月18日ロシア国境0.JPG

前の道路の反対側が中朝国境の図們江で遠くの山が朝鮮です。

2014年10月18日.防川国境.JPG

北朝鮮側です。

2014年10月18日防川的朝鮮.JPG

2014年10月18日防川的北朝鮮.JPG

この地で中露国境終結に功績を称えた方の像です。

2014.10.18.海洋公園8.JPG

2014.10.18.防川国境9.JPG

2014.10.18.防川国境1.JPG

背後の下には豆満江が流れ、北朝鮮の山間が望めます。

2014年10月18日三国国境2.JPG

朝鮮の山々

2014年10月18日防川的朝鮮4.JPG

兵舎が見えます。

2014.10.18.図們国境北朝鮮.JPG

 

吉林の防川村は「鶏が啼けば三国に聞こえ犬が吠えれば三国を驚かす」

と言われています

 

此処からバス(10分弱で)に乗り換えて最終地まで。(軍施設がある

為、団体のみ許可)

 

建物にはロシアや北朝鮮のお土産品コナーや喫茶店が営業しています

此処まで訪れる観光客は少ないようです。

 

2014年10月18日三国図們国境3.JPG

図們江と北朝鮮

 

2014年10月18日図們北朝鮮.JPG

背後の左側が日本海です。

 

2014年10月18日図們国境海へ.JPG

 

ロシア、中国北朝鮮国境の日本海側です。

 

露中朝国境0802.JPG

 

豆満江にかかっている橋は565メートルの「親善橋」と呼ばれる鉄道

橋で、北朝鮮の豆満江駅とロシアのハサン駅を結んでいます。

 

2014.10.18.露朝鉄路799.JPG

 

(三国国境地帯)左の沼はハサン湖で、ロシア領。その傍の白い建物

(監視塔)は中国、豆満江対岸は北朝鮮です。

 

三国.jpg

 

下に有刺鉄線が張られている。ここの中国領は道幅(約8m)だけ。

 

折り返して帰りのロシア側(右側)と図們江(左)です。

2014.10.18.3ロシア国境4.JPG

 

ロシア国境は草むら覆われています。

2014年10月18日露国境6.JPG

山間に白い杭と有刺鉄線が見えます。

2014年10月18日露中朝国境9.JPG 2014.10.18.露国境線8.JPG

 

2014年10月18日三国国境線9.JPG

2014.10.17.国境地帯2.JPG

琿春に戻る途中に田舎の食堂で遅い昼食を頂きました。

朝鮮族の主人が自給自足の材料で作った料理や自家製味噌で作った

熱いスープがとても美味しく胃袋を満たしてくれました。

 

2014.10.18.田舎的飯店3.JPG 2014年10月18日朝鮮飯.JPG

2014.10.18.3朝鮮スープ1.JPG

裏の畑で取れた野菜の漬物が子供の頃に食べた味によく似ていた

2014.10.18.朝鮮漬物.JPG

農家の小母さんが野菜を整理している姿。

国境的鎮.JPG

三国国境地帯を後に、これより牡丹江(約300km)目指して出発で

す。

 

琿春ゲート(14:25)図們~延吉~敦化市から南側ルートで牡丹

江に。

 

2014.10.18.琿春ゲート6.JPG

2014.10.18.牡丹江へ8.JPG

山間の街を通過して高原地帯へ

2014.10.18.発電所9.JPG

高原地帯を通過

2014.10.18.高原地帯1.JPG

山間と農村地帯のくり返し

2014.10.18.高原的里3.JPG

2014.10.18.高原地帯4.JPG

白樺林が続きます。

2014年10月18日高原風景7.JPG

敦化市(ゲート)~南方ルートで黒龍江省に入って牡丹江に向えま

す。

2014.10.18.牡丹工へ8.JPG

名馬の産地だそうです。

2014.10.18.牡丹工へ9.JPG

満州族の農村地帯で朝鮮族と家の色彩が違います。

2014.10.18.漢族部落1.JPG

ようやく牡丹江までの案内標識が見えてきました。

2014.10.18.牡丹江へ3.JPG

鏡泊湖は吉林境界より黒龍江に広がる大きな湖で日本の琵琶湖より

遥かに大きい湖です。

2014.10.18.大湖の町3.JPG

日が暮れて外は見えません。

2014.10.18.間もなく牡丹江7.JPG

19時牡丹江に着きました。

2014年10月18日牡丹江駅9.JPG

2014年10月18日牡丹江街.JPG

東北地方の鍋料理で早速夕食です。

酸味のある白菜付けと骨付き豚肉に薬味で食べます。

お腹も空きすぎて冷たいビールに!実に美味しい! 2014年10月18日牡丹江夕食4.JPG

薬味と前菜です。

2014.10.18.牡丹江的夕食5.JPG

腸詰めです。

生もよし、鍋で煮てもよし!

2014.10.18.腸詰め.JPG

お疲れ様!

2014年10月18日お疲れ!0.JPG

帰りに美人オーナーと次回の約束で記念の一枚です。

2014年10月18日牡丹江料理.JPG

今日は朝から一日とびまわり本当に疲れました。

ゆっくり休んで明日はハルピンに帰ります。

 

 

 

 

 

 

 

延辺朝鮮族自治州

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2014年10月17日

中国東北地方に位置する、北朝鮮やロシアにも接する吉林省が今回

の目的地です。

日本よりツアーに混じって訪れている方も時には見受けられますが

単独で車を走らせ現地に来る日本人は珍しいようです。

 

過っては延吉市も国際結婚で多くの日本人が訪れた時期がありまし

たが現在は少ないようです。

 

ツアーと違い異国で自由気ままの時間帯を友と行動できる幸せは計

り知れませんね。

 

宿泊したホテル前です。

2014.1017.延吉.JPG

20年来の家族同様のご夫妻さんと。

14.10.17.友人夫妻.JPG

北朝鮮寄りのエリアは、延辺朝鮮族自治州であり、街には中国語と

朝鮮(韓)語が選り乱れた独特な文化を持つ魅力に溢れる地域です。

 

14.10.17.延吉市.JPG

延吉を出発し北朝鮮に接する図們国境を目指して走る途中にシャッ

ターを切りました。

2014.10.17.豆門へ2.JPG

2014.10.17.豆門へ3.JPG

着きました

豆満江4.JPG

豆満江は朝鮮半島側の呼び名、中国では図們江の呼び名で呼ばれる

川です。

図門江第1桟橋は使われず寂れており下流に車を走らせました。

 

河の中央を国境界線で堤防には有刺鉄線が張られている。

 

川を挟んで私の背後が北朝鮮領土で兵士の歩哨塔が小さく見える。

 

境界線より一歩入れば容赦なく銃弾が打ち込まれる現実的国境が実感

できます。

 

2014.10.17.中朝国境.JPG

何か寂しいような北の風景ですね。

2014.10.17.国境.JPG

お昼を少しまわった12時49分に写した北朝鮮国境です。

2014.10.17.北朝鮮4.JPG

片田舎の途中で遅い昼飯を注文した朝鮮風の料理は油が多くて食べ

るのに閉口しました。

14.10.17.昼飯3.JPG

琿春の片田舎で化学肥料を使わない苹果(リンゴ)栽培の村で夜食

用に1箱買いました。

2014.10.17.苹果鎮.JPG

苹果鎮.JPG

図們江と山に囲まれた寒村です。

2014年10月217日国境寒村.JPG

幹の小さい樹に多く実を付けており生産重視で日本とは大違いの栽

培方法のようです。

2014.10.17.苹果1.JPG

枝に紅い苹果が実を付けている

2014.10.17.苹果.JPG

リンゴ公園の椅子でひと時を寛ぐ

苹果1.JPG

山間の何も無い寂しいところです。

2014.10.17.1.JPG

露中朝国境にはシベリヤ虎が生息しており山裾にはこんな看板が至る

所に立っていました。

 

現実的に自然の野生動物が多いようです。

 

2014年10月17日中朝国境的虎.JPG

 

山に挟まれた図們江の国境線です。

 

2014年10月17日国境線我9.JPG

 

紅葉シーズンも終わりに近づいた国境地帯をゆっくりと図們江下流

に。

2014.10.17.国境線.JPG

 

朝鮮の山並です。

 

2014年10月17日北朝鮮3.JPG

 

鉄条網(有刺鉄線)的国境線

 

2014年10月17日中朝国境線1.JPG

 

北朝鮮国境警備棟(白い)が到る所に見えます。

 

14.10.17.国境警備5.JPG

 

1km間隔で兵士の歩哨棟が建っているようです。

 

2014年10月17日国境線4.JPG

 

よく見て下さい。

14.10.17.北朝鮮警備棟7.JPG

 

河の向こうが北朝鮮

114.10.17.北朝鮮警備棟7.JPG

 

間もなく日没です。

中朝国境線1.JPG

 

夕暮の図們江を挟んで北朝鮮の鉄橋が見えます。

 

北朝鮮9.JPG

 

2014.10.17.夕暮的豆満江4.JPG 

独裁国家と見た目は分かりません。 

2014.10.17.北朝鮮6.JPG

 

豆満江を挟んで北朝鮮の山々が綺麗に見えます。

 

14.10.17.北朝鮮夕暮れ.JPG

 

日没です。

14.10.17.夕暮的北朝鮮0.JPG

暮れてゆく朝鮮の山並と図們江

14.10.17.日没的豆満江1.JPG

夕暮的豆満江2.JPG

今晩は琿春に泊り明日は防川ではロシアと北朝鮮三国境と豆満江最大

の橋より物資輸送が北朝鮮に渡る軍事的諸点等、観る予定です。

 

ホテルに帰る途中の朝鮮族の村です。

14.10.17.国境t的寒村6.JPG

 

吉林市~延吉へ

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20141016

 

朝食後市内の公園(寺院)を散歩しました。

 

吉林の気温は2℃と寒いですが澄み渡る青い空が癒してくれる異国の

地です。

2014.10.16.吉林市公園.JPG

友人と記念に

2014.10.16.吉林.JPG

背後に見える寺院に参拝に

2014.10.16.吉林市5.JPG

参道の途中で小鳥の入った籠に呪文を唱えている僧侶に出会いました。

経文が早口でまったく分かりませんでした。

吉林寺院2.JPG

お経4.JPG

左右に門があり仲見世が並び観光用に土産が売られている。

2014.10.16.吉林市.JPG

ホテルで身支度をして延吉市を目指して出発です。

2014.10.16.延吉へ6.JPG

高速道路は標高が高く高原風景が延々と続き殆ど唐松林と白樺林の

山村地帯を下ります。

 

見渡す限りトウモロコシ畑

2014.10.16.トウモロコシ畑.JPG

唐松林と山間の里

2014.10.16.高原風景.JPG

鄙びた山村

2014.10.16.唐松林延吉へ1.JPG

長白山の標識が見えてきました。

標識2.JPG

高原の山里が続きます。

2014.10.16.高原の里3.JPG

白樺林が続きます。

2014.10.16.白樺林5.JPG

吉林は山村の多い貧しい省に類すると思います。

2014.10.16.白樺高原.JPG

ようやく延吉の案内標識が見えてきました。

2014.10.16.延吉標識1.JPG

下りが続きどの位の高低差があるのでしょう。

延吉へ白樺林を下る4.JPG

白樺がきれいですね。

2014.10.16.白樺林が続く5.JPG

PAで休憩です。

高原の気温は-3℃と冷え込み早々に乗り込み出発です。

2014.10.16.休憩7.JPG

新幹線(高速鉄道)と平行して下ります。

2014.10.16.新幹線と平行に5.JPG

もう少しです。

2014年10月16日延吉が8.JPG

まだまだ高原が続きます。

2014.10.16.白樺林を下る0.JPG  

白樺が延々と見られます。

2014.10.16.延吉まで下る1.JPG

延吉にようやく着きました。

 

2014.10.16.延吉ゲート2.JPG

間もなく日没、街まで10kmもあります。

2014.10.16.日没5.JPG

今晩の宿泊は延吉(朝鮮族自治区)です。

 

北朝鮮のお店で冷麺を注文したら頭ほどの大きなボウルに冷麺が入

ってきました。

北朝鮮冷面6.JPG

本国より選び抜かれた上級幹部の娘さんで3ヶ月前に赴任したばかり

と話していました。

延吉の夜7.JPG

美味しいが量が多くてビックリしました。

延吉朝鮮2.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吉林省

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20141015

お客様の帰国で早朝に空港までお見送りを済ませ、ハルピン女性会員

と結婚の為、週末の19日に北京経由でお客様がお越しくださるまでの

5間の空き時間を利用して吉林省長春~吉林市~延吉市~豆満江~

琿春~牡丹江~哈尔滨、45間を車で約3000kmを旅行する事にし

ました。

お昼過ぎに出発。

2014.10.15.3長春へ.JPG

北長春に着きました。

新幹線でハルピンから先回りして北長春駅で待っている友を迎えに、

今晩は3人で吉林市で宿泊です。

北長春3.JPG

お客様帰国

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20141015

帰国の為、哈尔滨(ハルピン)国際家空港まで奥様と一緒にお見送り

です。

早朝6時の街の風景です。

14.310.15.朝のハルピン4.JPG

ハルピンの朝5.JPG

空港で別れを惜しむ新婚ご夫婦さん来日を心待ちに勤務に励むそう

です。

新潟行き(搭乗740の離陸0805分)CZ615便でお帰りです。

2014.10.15.お見送り.JPG

以前の国内線ターミナルビルを現在は国際線ターミナルとして使用

しております。

 

お客様がゲートに入る所です。

 

お客様帰国.JPG

お見送りも済み空港前で花嫁さんと記念写真です。

気温は-4

2014.10.15.奥様と.JPG

気立てが良い可愛い花嫁さんです。

街に帰って一緒に朝食です。

2014.10.15.奥様.JPG

731部隊跡

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20141014

お客様のご要望で案内いたしました。

 

戦前日本の関東軍(満州国)は東北三省を占領し、この地で人体実

を繰り返して細菌兵器を製造して中国戦線に使用した唯一の実験

で太平洋戦争の敗戦時ロシア軍の参戦で破壊し慌てて逃げたので

跡や実験各場所が残り世に知れ渡る悪名高い731部隊です。

 

当時は敷地内に鉄道や飛行場も隣接し、兵舎や医師団全てが揃って

おり現在も人体焼却炉の煙突の一部も現存してあります。

 

各地より訪れる人々が絶えない中、日本人であるが結い静かに観覧

する悲しさにはとてもやりきれない思いでいっぱいでした。

 

中国国際結婚もさかのぼれば日本より集団疎開で開拓団(満州)が

敗戦の悲劇を味わい逃れる途中に自決で生き残った子供達を育てた

中国人の方々、日中国交回復後の残留孤児が帰国後に始まった事が

紀元です。

 

後日、哈尔滨(ハルピン)の国際結婚が盛んになった理由や悪評が

でてきたいわれ等、ホームページ内できちんと記事にするつもりで

す。

本部兵舎の前です。

 

14.10.14.731部隊.JPG

本部の正面跡地です。

731部隊跡14.10.14.JPG

後世に残る歴史の一部分です。

731部隊2.JPG

731部隊2014.10.14.1.JPG

民生局婚姻登記

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20141013

お客様のご都合で週末訪中の場合、役所が休日の為、挙式を先に済ま

せて結婚登記は週明けに前後(日程)する事があります。

 

中国東北(満州)の役所でもネギや白菜を干し厳しい冬に備え保存を

する習慣が北の風物詩です。

 

街のいたる所で見受けられます。

 

ハルピン民生局.JPG

披露宴から一夜明け、結婚登記を済ませて日本で申請(結婚届)する

公証書を頂いた所です。

 

全ての手続きも済みプライベートの時間を楽しんでください。

 

2014.10.13.民生局.JPG

哈尔滨の気温は現在3℃と低いですが青く晴れた空は北国特有です。

2014.310.13.哈尔滨8.JPG

中国で結婚

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20141012

お客様(東海地方)とハルピン女性会員K-14914さんの結婚式のご

紹介です。

8月にご婚約され晴れて良き日を迎え、喜びに満ちたご両人様です。

2014.10.12結婚式.JPG

花嫁さんのご家族に囲まれて緊張気味のお客様。

 

新婦的家族3.JPG

 

新婦さんのご両親にご挨拶するお二人。

 

10.12.ご両親挨拶9.JPG

 

2014.10.12.両親挨拶7.JPG

結婚指輪の交換場面です。

指輪交換3.JPG

指輪の公表7.JPG

新郎様の愛的誓いのシーンで司会者も赤面顔。

2014.10.12結婚式3.JPG

2014.10.12.熱い抱擁4.JPG

ご夫婦で乾杯!

夫婦で乾杯1.JPG

花嫁さんよりお礼を言われ、お酌までをしてもらいました。

ありがたく頂戴しました。

花嫁さんお酌6.JPG

今度はお母さんから頂きました。

お母さんからお酌9.JPG

席を立って皆様と乾杯!おめでとうございます。

末永くお幸せに!

一緒に乾杯3.JPG

花嫁さんの故郷

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20141011

ハルピンで1泊し、車で高速道を北東に2時間の所の街に生家があり

一緒に向う道中を車中から撮った風景です。

紅葉も散り始め、畑も収穫が終り厳しい冬を迎える直前の東北地方

(満州)です。

2014.1011高速道.JPG

人口22万人の県に到着です。

中国では市の次に県、村(鎮)と続き日本と違い市の下です。

10.11.方正の街.JPG

この日を待ち望んでいたお二人。

 

2014.10.11.新婚さん.JPG

 

街で僕の好物な焼き芋を見つけてきました。

 

日本の芋は水分が無くてパサツクが中国の桂林やハルピンは甘い水分

が多く実に美味しい!幼い時代に親が焼いてくれた味を思い出します。

 

2014.10.11方正的焼き芋.JPGのサムネール画像

訪中

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20141010

お客様の結婚式で新潟空港1215南方航空(CZ616便)で一緒に中国に。

待ち合わせのターミナル前の写真です。

 

2014.10.10新潟空港.JPG

搭乗前のお客様

2014.10.10お客様0.JPG

離陸から2時間で着陸態勢に入った北の大地を機内から写して見まし

た。

収穫も終り枯れたトウモロコシ畑と蛇行する大河の姿が眼下に見え

てきました。

2014.10.10.ハルピン着陸前1.JPG

 

912日以来のハルピンです。

 

太平国際空港を機内から写しました。

 

2014.10.10ハルピン到着.JPG

 

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