2015年7月アーカイブ

帰国

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2015729

桂林の日程も無事に終了し、桂林より上海経由で新潟に帰国です。

 

昨日、上海に出発する為、桂林空港の一枚です。

 

2015.7.桂林空港搭乗口.jpg

 

上海浦東国際空港出発のMU295便新潟行きに搭乗中の写真です。

 

MU295便上海浦東.jpg

 

機内より新潟着陸後、エプロンに向かう空港の風景です。

 

7月は1日より中国で勤務してようやく我が家に帰国ができました。

 

お盆はご先祖様を家族と一緒にお迎えする予定です。

 

2015.7.29.新潟空港25.jpg

桂林女性と結婚

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2015726

お客様(山陽地方)と桂林女性会員G-11031番さんの結婚式です。

 

2ヶ月前のご婚約から交際を得て本日、ゴールインしました。

 

(お二人の意向でご写真の3枚は加工して記載しました。)

 

2015.7.26.桂林G-11031.jpg

 

初婚同士の新郎様 新婦さま何処と無く初々しいカップルが印象的

でした。

おめでとうございます。

  G-11030結婚.jpg

 

 

 

 

お客様お迎え

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2015722

桂林は独特な山水風景や少数民族的生活環境が漂う素敵な街です。

 

温暖で暮らすには適していると、僕自身は思っております。

 

お客様(桂林女性)の結婚式で当地にお越しくださる為、一足早く

帰って来ました。

 

2015.7的桂林.jpg

 

日本より上海経由(MU9401便)で桂林に、婚約者と一緒に空港に

お迎えに行きました。

2015.7.23.お迎え工.jpg

夜の桂林空港

  2015.7.22.桂林お迎え.jpg

 

 

桂林へ

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2015721

ハルピン0848CZ3281便)北京経由で桂林まで中国大陸を北から

南に移動です。

 

今朝のハルピンは湿度も無くスムーズに空港まで着ました。

 

桂林まで5時間半のフライトで午後14時頃に到着予定です。

 

2015.7.ハルピン空港 15.jpg

 

哈尔滨回家!

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2015713

彰武県に別れを告げ、長春を経由して夕方までハルピン帰る予定で

す。

中国の県は日本では村に値します。

 

何処を訪ねても近代的になり昔と大違いに風変わり致しました。

 

2015.7.13彰武県._3509.JPG

彰武の料金所を通過して長春方面の分基点を目指して。

彰武県PA.JPG 分岐点_3511.JPG

道路わきに枕瓜(メロン)売りが並んで、お客さんを呼び寄せてい

ます。

15.7.13.彰武県メロン売り_3516.JPG

目の前の高架橋に中国高速鉄道(新幹線)が走っています。

15.7.13中国新幹線4.JPG

途中、車を止めて昼ご飯、

好物の湖南菜(料理)を注文、湖南省はどの料理も辛いのが特徴で

一度食べたら病み付きになります。

 

魚の頭部が一番美味い。

2015.7.13.湖南菜.JPG

青い唐辛子と肉を炒めた料理です。

  湖南菜.JPG

胡瓜とピーナツ

胡瓜と南京豆9.JPG

私だけが食前酒にビールを頂く

昼飯2029.JPG

ようやく長春(旧新京)に来ました。

長春北.JPG

新開地の高層住宅です。

長春高層住宅1.JPG

此処からハルピンまで約.230km少しに近づいて来ました。

ハルピンへ5.JPG

道中はこのような平坦な風景が続く東北(旧満州)地方です。

IMG_3529.JPG

75日に出発して長春を経由して内蒙古から石家庄、天津~秦皇島

~長春を通り、約3540kmの行程走りようやくハルピンに帰ってき

ました。

 

お疲れ様。

ハルピンに入る.JPG

 

2015712

秦皇島市内で宿泊して午前中は歴史ある万里的長城(最東側)の

渤海から始まる山海関を始めに訪ね、最後は秦皇島城内(市内)

のコース等、ホテルのフロント係りに教えてもらう。

 

秦皇島的ホテル.jpg

 

万里の長城は秦の始皇帝が匈奴(契丹)から護る為、建設が始まり

(明の時代)東の渤海湾から始まり西の峪関(甘粛省)まで3000

km、その他に漢の時代は砂漠の先まで3500km(総延長)と言われ

ています。

市内から車で約4.5kmに海から始まる山海関に言ってみました。

城門

山海関城門_3416.JPG

 

城内は執務所から牢獄まで全て現存しており、清朝最後は政権が崩

壊した為に保存状態も野放し状態だったようです。

 

_山海関(万里長城)3420.JPG

 

山海関城内の案内平面図です。

 

山海関城内7.JPG

この階段を上って最先端(海側)を一望できます。

山海関万里城門1.JPG

海辺から写した景観です。

山海関万里的風景.JPG

城門宮から見た最先端。

山海関(万里長城)_3451.JPG

内陸の内蒙古高原と違い沿海地方は暑くて汗が滴る

2015.7.12.山海関_0123.JPG

泳ぎたい心境です。

2015.7.12.山海関_0110.JPG

皇帝が優雅に過ごした宮殿

2015.7.12.山海関(秦皇島)0112.JPG

白馬に乗って見ました。

2015.7.12.白馬と141.JPG

性格の良い大人しい馬さんでした。

2015.7.12.山海関的白馬140.JPG

城壁(万里の長城)に多くの家族連れが訪れていました。

万里長城(山海関)130.JPG

 

罪人の牢獄棟です。

牢屋入口_3424.JPG

清代の牢屋3422.JPG

牢獄の隣は馬屋です。

清代馬屋_3423.JPG

山海関を後のして秦皇島(市内)へ、中心地そのものが城内で城門

や庭園など見て回りました。

 

 

2015.7.12.秦皇城門5.JPG

城内の案内平面図

2015.7.12.秦皇的城内9.JPG

 

秦皇城門です。栄華を誇った歴史的ご門。

秦皇島城門0169.JPG

 

守護神(四方の方角に)

城的守護神0165.JPG

万里の長城(城壁の上は広い)

2015.7.12.万里的城壁上3494.JPG

夏休暇の日曜日と合って北京より多くの家族連れの観光客で賑って

いました。

2015.7.12.秦皇街長城167.JPG

2015.7.歴史的秦皇島.JPG

  清の皇帝が憩いの場として楽しんだ庭園です。

2015.7.12.清代城壁_0145.JPG

これより車でもう一箇所先の山間的長城を見る為に秦皇島を出発です。

 

万里的長城176.JPG

山道を登りやっと写した万里の長城です。

 

万里的長城.jpg

西の峪関(甘粛省)万里的長城(参考までに)

嘉峪関的夏天.jpg

今夜の商談先は遼寧省の瀋陽より北の彰武県です。

孟姜へ501.JPG

孟姜を通過

孟姜PA._3504.JPG

四平3505.JPG

商談も済んで、お得意先(社長)様宅で奥様の心こもった手料理

(一般的田舎)で夕食を頂きました。

 

今日も疲れました。

2015.7.12.社長宅晩3508.JPG

 

 

邢台市~天津

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2015711

昨夜ご馳走になった友人の会社(邢台市鶏澤県)を訪ねる。

 

畑の散水用ポンプを主に製造しており得意先は地方政府が一括購入

販売店に引き渡すシステムを採用しているそうです。

 

中国で商売するには各、人民政府との信頼関係を築く事が基本で、

ない方は継続は難しいと思います。

 

工場内畑で水圧の検査している。

 

2015.7.11.工場試験畑2.JPG

女性社員のモーターのコイル組み立て作業です。

2015.7.11.モーター組み立て3.JPG

共産党幹部の為、毛澤東が工場に飾られていた。

 

毛氏始祖の出身地の為か。

 

鶏澤工場3339.JPG

毛澤東のご先祖(始祖)様は此方の出身で秦の始皇帝の時代にさか

のぼり代々鶏澤県を領地としてきたようです。

 

2015.7.11.毛氏発祥地.JPG

毛氏霊廟.JPG

先祖は中国歴史でも有名な方で、後の毛澤東も幼少期は此方で過ご

し、子供時代に両親と湖南省の韶山に引越し、後に共産党を立ち上

げた。

 

記帳を済ませてご先祖様の廟にお参りをする。

毛氏始祖.JPG

鶏澤料金所から高速道を利用して次の天津市へ。

2015.7.11.天津へ.JPG

 

天津湾では潮干狩りに訪れた人々の姿が。

 

2015.7.11.天津潮干狩り4.JPG 

 

天津特別区で世界の自動車が展示と販売センターを見学して秦皇島

向かう。

 

秦皇島へ1.JPG

 

秦皇島は軍隊直属(軍警)の検問で厳しく検査をされる。

 

理由は中国政府高官(江沢民や胡錦濤等)の長老会議が此処、秦皇島

で開催される為、警護が通達されたようです。

秦皇島到着.JPG

 

軍警の検問です。

 

2015.7.11.秦皇島検問1.JPG

 

脇には自動小銃を構えた軍隊が目を光らせていました。

 

2015.7.11.秦皇島的軍警.JPG

 

秦皇島のホテルを出て街で久し振りに海鮮料理を楽しみました。

 

秦皇島的海鮮料理5.JPG

この味覚はたまりません。

今晩は此方で疲れを癒し明日は山海関を訪ねる予定です。

2015.7.11.秦皇島海鮮.JPG

 

邢台市鶏澤県

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2015710

鐃阳県の機械部品(歯車)製造の企業を尋ねて見る。

 

中国では部品等の製造業(個人)はコストが安いため全て関連企業

が買い取るシステムを用いて得る。

 

農村の片隅の工場を訪ねる。

_鐃阳県の機械3317.JPG

採用できるか検討する。

 

鐃阳県の機械_3321.JPG

 

畑のいたる所に地下から原油を汲み取る機械が何台も稼動していた。

 

原油野天掘り_3326.JPG

邢台市へ

邢台市_3332.JPG

間もなく日没、

邢台市鶏澤県_3333.JPG

鶏澤県の友人の会社に到着です。

鶏澤県ポンプ工場3338.JPG

友人の招待(夕食)でシャブシャブをご馳走になりました。

シャブシャブ3344.JPG

久方ぶりの再会です。

 

中国で日本人との結婚希望の女性候補も社員から勧められており是非、

お願いしたいと相談を受ける

IMG_3347.JPG

楽しく過ごして頂きました。

明日は会社に伺う予定です。

 

IMG_3341.JPG

 

正鑵白旗出発

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201579

内蒙古から万里長城(モンゴル側)の山岳道を通り河北省に向かう

予定です。

此方は山間の乾燥した高原に位置する日本流の宿場町的雰囲気で回

りは狼が出没する寂しい街です。

 

夜は気温が下がる為、布団を掛けて眠る。

 

白旗ホテル(宿泊)

2015.7.9.白旗酒店3246.JPG

此処から幹線道路を通って河北省張北県の取引先に。

河北へ3247.JPG

内モンゴルの境界を越えました。

河北境界_3249.JPG

河北省北部も平原に雑草が点在する荒地が多い。

荒れ平原_3252.JPG

ようやく目的地に近くなると野菜畑が広がっている。

手前は荒地のようです。

 

張北県入り口_3264.JPG

張北県に来ました。

昔の城門が残っており蒙古との関所的検問の名残みたいです。

張北県_3279.JPG

2015.7.9河北.張北県3280.JPG

 

記念に

張北県_3272.JPG

セールスも済み田舎料理で昼の食事です。

 

天然自生の青菜に卵と一緒に炒め物で味はまま、

 

張北的昼食_3282.JPG

 

 

3人で三品に水餃子の粗食です。

 

張北菜_3284.JPG張北菜_3283.JPG

張家口市を経由して北京の先、任丘市まで約680kmを万里長城の裏側

を通って目的地へ。

 

山越え_3294.JPG

長年の歳月に風雨で抉られた乾燥大地が肌をむき出している。

 

荒れた大地3295.JPG 

山脈の奥に長城がその先が北京で私たちは北京を避けて反対側の峠を

越えで張家口方面へ。

山岳道路_3303.JPG

此処で高速道をおりて一般道で任丘市に入ります。

IMG_3307.JPG

此方も田舎町で農業が盛んな土地みたいです。

 

今晩の夕食はロバ肉が名物と聞き街の古びた食堂で頂きました。

熱いので一口のビールが実に美味しい。

 

IMG_3315.JPG 

お疲れ様。

ロバ肉菜l_3308.JPG

 

201578

巴林左旗の朝食はヤク(羊乳)茶と日本蕎麦(ソバ)、内蒙古は蕎麦

の生産地で大半が日本に輸出されているようです。

 

茄子やネギに羊肉を混ぜた下地を蕎麦にかけて食べます。

遼上京蕎麦.JPG

蕎麦は腰が強くて美味しいが羊肉独特の匂いが!私はイマイチ。

2015.7.8蕎麦.JPG

出立前に契丹の遺跡を尋ねる。

巴林左旗(遼上京)は道路も家紋も全て契丹で統一されているよう

です。

巴林左旗(遼上京)6.JPG

道路の両脇に家紋が刻まれた門。

巴林左旗(遼上京)7.JPG

契丹像を背に

2015.7.7遼上京契丹像2.JPG

契丹は北方の騎馬民族による最初の統一王朝で建国は耶律阿保機(ヤ

リツアボキ)は部族ごとの騎馬民族の規律を定め騎馬民族国家を築い

た。契丹人は4世紀ごろから内蒙古、東部を流れるシラムレン川流域

りや遊牧をして暮らしていた。

907年中国は唐が崩壊した直後の戦乱の時代に耶律阿保機はこの地の

8族の王となり最初に築いた都、巴林(バイリン)左旗は上京と云

う名で呼ばれていた

幼少の契丹(巴林左旗(博物館)保存

契丹的子供画9.JPG

 契丹所有短剣(巴林左旗)遼上京

  契丹所有短剣f.jpg

契丹像.jpg

契丹には、春夏秋冬の猟場があり、夏は避暑をかねて、巴林(バイ

リン)右旗の慶州にキャンプ地かまえて後に白亜の塔を建立する。

遼上京契丹博物館

休館日を私たちの為に全ての館内(復元の研究室、技官や出土品は

1階~4階まで遺品や遺体、装飾品等)を自由(オープン)に見学さ

せて頂き初めて目にする数々遺品圧倒されました。

2015.7.8.遼上京物館.JPG

出土した1000年前の石棺、現在の原型がこの時代に作られていたとは

驚きです。

 

巴林左旗(博物館)保存

 

2015.7.8.3遼上京石棺9.JPG

契丹壁画  

契丹壁画出土1.JPG

10世紀から12世紀前半にかけて広大な北アジアの草原地帯

(モンゴル草原)に栄えた「契丹」(遼王朝)。

契丹幼少の黄金像

契丹幼少黄金像.jpg

来世も一緒にと、願う絵が聖地墓陵の遺体脇に画かれていた。

契丹出土品像08~1.PNG 

遊牧民を主体とする王朝でありながら、唐の文化を色濃く伝えるミス

リアスな大草原の王朝です。

 

契丹壁画品2.JPG

契丹は他にも東京、中京、南京、西京の4つの都を作り、季節、政治

情勢により政府が自由に動く騎馬民族ならでの社会を作り王宮は持ち

運びの出来るゲルを戦争中は馬車に乗せ機動性を高めて持ち得たよう

です。

発掘した当時の原型で修正は此れからのようです。(復元の技官の話)

 遼上京出土品5.JPG

 

耶律阿保機 率いる契丹は万里の長城を越え、漢民族が暮らす南の平

原へ侵入する西は中央アジア、東は朝鮮半島北部まで勢力を拡大し、

建国後わずか20年足らずで大帝国を樹立し、滅亡までの200年の間、

身の文化を保持し宋を始め周辺諸国と交流が行なわれたようです。

 

遼上京遺跡的壁画

契丹壁画.jpg

 

中国・内モンゴル自治区にあるトルキ山古墓から出土した皇族女性の鏡箱等の副葬品

豪華な彩色木棺は圧巻の一言。(10世紀前半)

彩色木棺.jpg

 

トルキ山出土鏡箱裏.jpg

 

トルキ山古墓出土的皇族女性の遺体(頭部)頭髪

 

トルキ山古墳皇族女性遺体.jpg婦人的彩色木棺.jpg

 

巴林左旗(上京城)的契丹出土品

 

巴林左旗出土.jpg 

契丹画(保存状態が良い)

出土品.契丹図.jpg

壮大の資料の一部です。

後のチンギス・ハーン(元)が密かに世界制覇の手本にした国が「契丹」

元々契丹という国があった場所に生まれた1206年元(最繁栄期)は地球上

の1/4の陸地を支配していた。

遼上京の契丹遺品跡に感激、歴史はロマンですね。

2015.7.8.遼上京8.JPG

 

巴林左旗を後にこれより巴林右旗にむかう

2015.7.8.巴林左旗.JPG

 

途中の料金所から幹線道路に。

 

IMG_3138.JPG

自然的風景を眺めて

巴林右旗へ_3144.JPG

大板で途中下車

田舎鎮で昼食です。小豆のお粥にポーズ(饅頭)と漬物でお腹が空く

と何でも美味しい!

 

大板的昼色6.JPG

大板料金所

 

大板_3149.JPG

 

 

巴林右旗に入りました.

契丹第6代皇帝の妃・章聖皇太后が、夫の弔いのために建立

の塔が有名です。

巴林右旗8.JPG

契丹の狩猟場がこの巴林右旗で慶州白塔は次回の機会にお預けです。

 

巴林右旗9.JPG

 

北京は元々、契丹が築いた5つの都の一つ当時は南に位置する都、南京

呼ばれていた

大都会の真ん中に残る契丹の仏塔:「天寧寺塔北京に残る最も古い建造

物」1120年建立の天寧寺塔は契丹(皇帝)最後の代時で外観はほぼ創建

当時のままです。

巴林右旗1.JPG

地元企業と商談も終えて今夜の宿泊地、正鑵白旗まで約380kmの工程

を走る。

克什克螣旗鑵で車を降りて小休憩。

草原に遊牧民の住居、ゲルが建ち並び一族で住み、風呂もない昔と代

わらない生活様式で暮らしているようです。

克什克螣旗_3187.JPG 克什克螣旗_3195.JPG

草原の先は砂漠化が進んでいる。

克什克31.JPG

此処からは一般道で正鑵白旗まで草原を突っ走る

 

白旗へ_3207.JPG 

日が西に傾いた大草原を

夕暮時草原白旗手前_3233.JPG

単線の鉄道が平原を真っ直ぐに延びていた。

 

平原に線路_3239.JPG 

時刻は1810分、日没はまだ先のようです。

 

白旗途中草原_1885.JPG 

このような道路を走り白旗へ向います。

冬になれば強風が砂と一緒に吹き荒れ凍て付く環境は暫し通行も止ま

るようです

白旗途中草原_1888.JPG 

 

栄養分の少ない草原に区割りされた土地に限度を越えた飼育数(2倍以上)

を放牧し、結果的に草が育たない、質より糧を重んじる歴史的民族は結果

を急ぐあまり生産料が上がらない。

夕暮時羊群れ_3235.JPG 

果てしなく続く砂だらけの悪路を白旗へ

 

白旗手前草原_1884.JPG 

正鑵白旗(現地時間2045)でゲルに見立てた席で晩の食事です。

 

2015.7.8.正鑵白旗1.jpg 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

201577

内蒙古通遼市を後に自然的原野を走り途中ビジネスも含め目的地の

契丹の故郷 遼上京にむかう。

2015.7.7通遼出発.JPG

魯北南料金所をおりて腹ごしらえ(昼食)を済ませて約束時間に余裕

があり付近を見学する。

魯北南_2819.JPG

以前は草原で開放政策で造成した所に遊牧民が移り住んだ街です。

小高い丘にゲルの形の仏塔が街のシンボル的存在のようです。

魯北南_2821.JPG

素晴らしい

魯北南_2829.JPG

平地は水分の少ない作物(トウモロコシ栽培)をメーンに野菜などが

収穫できる土地柄みたいです。

魯北南_2831.JPG

一直線に果てし無く続く幹線道路

魯北南_2833.JPG

友と一緒に

魯北南_2839.JPG

私たちは中国国際結婚紹介の他に事業も手がけております。

 

今回は自社で開発した機械の売り込みを政府の協力を得て今回は吉林

省や内蒙古~河北省各地や天津、遼寧省等、推薦状を持参して販売店

と契約をする為に各地(3人)を訪れています。

 

年間降水量の少ない広大な乾燥畑に苗の作付け時から成長時の作物は

必ず水が必要です。

水圧を利用して100m先まで散水する移動式設備を考案し、関係各部署

より要請を頂き回っています。

 

トラクターと一緒にホースを巻いた(紅い)機械です。

魯北南市場_2842.JPG

トウモロコシ収穫用の機械で 魯北南農機_2844.JPG

 

次の目的地に魯北PA

魯北_2855.JPG

見渡す限り一面の草原野

魯北_2856.JPG

長年の緑化運動で育ち始めた苗木が道路の脇に

魯北_2858.JPG

水源近くのトウモロコシ畑が青々と広がっている。

魯北鎮_2862.JPG

魯北鎮_2868.JPG

自然そのままの河

魯北鎮的風景_2870.JPG

魯北鎮に来ると山腹などに砂漠化が進んでいるように見える。

魯北鎮的風景_2872.JPG

目的地まで果てし無く続く道路を。

魯北鎮平原_2892.JPG

魯北鎮ではロバも大切な生活要具で見かけは華やかでも厳しい環境に

耐えているようです。

此方でも商談が進み納期予約も頂きこれより380km先の宿泊地に向う.

 

魯北鎮_2895.JPG

乾燥地にようやく根付いた作物が一面に。

魯北鎮_898.JPG

清河子料金所を通過すると蒙古高原特有の草原と砂漠化した自然その

ままの風景の中を進む。

 

現在の季節は昼が暑い(風が涼しい)夜は布団を羽織って気持ちよく

眠れるが秋から冬は強風が吹き荒れ砂埃が飛び、雪で凍結した過酷な

地方のようです。

清河子_2901.JPG

歴史的遊牧民族が暮らしてきた土地柄です。

遠くに羊の群れが、

清河子的草原我_2909.JPG

草原を過ぎると乾燥した砂漠の原野を横断します。

 

風が吹けば砂嵐となり先が見えなくなり通行はできないようです。

 

阿魯科尓心的砂漠

2015年7月7日阿魯科尓心鎮2928.JPG

太陽も西に傾いた砂漠の中を走りぬける現実的体験は一般の観光では

不可能です。

2015年7月7日阿魯科尓心鎮的砂漠_2930.JPG

白い砂地が地平線まで続く過酷なモンゴル高原です。

2015年7月7日.阿魯科尓心鎮2931.JPG

荒地に放牧された馬の光景です。

清河子_2913.JPG

子馬を連れて目前を横切った瞬間を車内から写したものです。

阿魯科尓心_2933.JPG

昔から民家の屋根に泥を塗り砂嵐から身を護っている。

阿魯科尓心鎮_2936.JPG

林東鎮に入って着ました。

戦国武将(匈奴)が活躍した地域です。

 

林東鎮_2949.JPG

林東2952.JPG

 林東料金所を通過した処で大型トレーラの事故に遭遇しました。

日本と違い大型貨物は3050トンの荷物を積載するので事故の増大を

招いているようです。

事故2957.JPG

ようやく契丹の故 契丹_2959.JPG

 

匈奴の契丹は唐の時代に蒙古から攻め上り東北三省や北京まで勢力を

拡大した歴史上の人物です。

契丹_2960.JPG

巴林左旗が契丹(聖地)の遼上京です。

IMG_2964.JPG

背後の山裾に自然の墓陵があります。

聖地19時02分2972.JPG

墓陵_2970.JPG

聖地墓陵_2977.JPG

今晩は契丹の故郷、巴林左旗市に宿泊です。

契丹_2963.JPG

夕食は地元、モンゴル料理でス。

ヤク(羊の乳)お茶

 

ヤク茶2988.JPG

 

羊の骨付き肉をナイフで剥ぎながら食べます。

2015.7.巴林左旗_2990.JPG

羊特有の匂いが鼻につきます。

2015.7.巴林左旗1.jpg

 

 

 

 

内蒙古通遼市

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201576

昨日、中国で国際結婚されたお客様をハルピン空港までお見送りした

後、吉林省長春市を経由して梨樹県に友人の結婚に気持ちばかりの祝

いを持参して立ち寄る。

田舎なれど高層ビルも建ち並び何処もかしこも中国的現実的パワーに

圧倒される。

2015.7.5吉林省9.JPG

飾りつけた車の数も都市部と同等のようです。

2015.7.6.結婚式.JPG

こんな車両で平然と営業している。

IMG_2785.JPG

農業用(設備)関係の商談を済ませて一面のトウモロコシ畑を抜けて

次の商用地,吉林省双遼市.

吉林トウモロコシ畑5.JPG

双遼市を通り内蒙古に入ると砂漠化した平原に景観が一変します。

2015.7.6.内蒙古入境.JPG

道路脇の乾燥砂地を長い年月をかけて植林に取り組んでいるようで

す。

2015.7.6.モンゴル平原1.JPG

内蒙古高原独特の青い空と涼しい風土、まさに壮大な世界です。

2015.7.6.内蒙古通遼へ.JPG

今晩の宿泊地、通遼市のPAゲートはモンゴル住居(ゲル)を表して

いる。

2015.7.6通辽.JPG

お見送り

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201575

ハルピン結婚訪中滞在、最後の夕食時に改めてお二方に乾杯!心苦了

 

image3.jpeg

 

お客様が805中国南方航空(CZ615便)で新潟空港に帰国の為、

奥様とご一緒にハルピン太平国際空港にお見送りに行きました。

 

暫しのお別れが新婚熱々のお二人には辛いようです。

 

道中、お気を付けてお帰りください。

 

お見送り8.JPG

黒龍江省で結婚

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201573

お客様(東海地方)と黒龍江省女性会員K-1566さんの結婚式です。

 

お互いに相手を気遣う優しさが随所に見受けられ素晴らしい心温か

い披露宴でした。

 

末永くお幸せに。

結婚式1.JPG

誓いの抱擁

2015.7.3.抱擁.JPG 

個人情報保護法を遵守し、お客様より快く同意を頂いた一部分をご

紹介しております。

中国結婚登記

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201572

民生局の申請受付時間は(午前9時より正午まで)この日は私達の

他(4組)に日本人男性と中国人女性の方々が婚姻申請に訪れてい

ました。

 

日本人女性と若い中国人男性のカップルやベトナム女性と中国人

男性(2組)中国人女性と韓国人男性など国際結婚も東北地方は多

いようです。

 

申請書にお二人が交互に署名。

結婚登記署名9.JPG

結婚登記署名1.JPG

申請書の受付登記菅

民生局員.JPG

結婚入籍の登記も済み民生局前で記念の一枚。

2015.7.2.登記完了7.JPG

東北地方(旧満州)トウモロコシ畑が一面に広がる中を車は目的地

に向かいます。

 

痛ましい戦前(70年前)の激戦地がこのように変わり面影などあり

ません。

 

一路方正へ2.JPG

結婚訪中

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201571

京都より高速バスでお越し頂き、新潟空港よりご一緒に中国に出発

です。

新潟(中国南方航空)~ハルピン線は周6便で今月23日より毎日運行

が決まり、わずか2時間10分と便利な便です。

 

CZ616便を背に搭乗ゲートのお客様。

 

新潟空港出国1.JPG

定刻でハルピン太平国際空港に到着、婚約者さんのお迎えに嬉しそ

うなお客様。

 

ハルピン到着4.JPG

2017年2月

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